山田ルイ53世

自分を“諦めてあげる”ことも必要

山田ルイ53世

漫才師・文筆家

2026/07/07

シルクハットを被り、「ルネッサーンス!」の掛け声と同時にワイングラスを掲げるギャグでおなじみの髭男爵の山田ルイ53世さん。

近年は芸人だけでなく、文筆家やコメンテーターとしての顔も目立ち、自身の日常や過去の経験について語ることも多い。そのため、彼が実は中学時代から成人するまで、ひきこもり生活を送っていたことを知っている方も少なくないのではないだろうか。

img_profile

Profile

1975(昭和50)年、兵庫県生まれ。1999(平成11)年にひぐち君とお笑いコンビ・髭男爵を結成、ツッコミを担当。執筆業でも才能を発揮し、「新潮45」で連載した「一発屋芸人列伝」は、「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した。主な著書に『ヒキコモリ漂流記 完全版』、『僕たちにはキラキラ生きる義務などない』、『パパが貴族』などがある。

Index

    ピエロになれず、6年間のひきこもり生活

    引きこもるようになったのは名門中学に通っていた2年生のころ。それから20歳まで続いたものの、学校や社会に不満を抱いていたわけではない。むしろ学業面でもスポーツ面でも優秀な成績を残し、友だちも多く順風満帆だったため、自分でも予期していなかったという。

    「でも勉強も部活も真面目に一生懸命がんばっていたので、ずっと疲れてはいました。しかも駅から学校まで遠くて、体感勾配45度くらいの坂を上らなきゃたどり着かないので、重い教科書を何冊も抱えて登下校するのは肉体的にもしんどかったです」

    「小6の夏くらいと遅れて受験勉強を始めて、たまたま受かってしまったので『俺は選ばれし者や!』とハイになっていた部分もあり、『常に優秀でいないといけない』と自分でハードルを上げていました」

    img_01

    ひきこもり生活の引き金となったのは、だれもが未然に防ぐことは不可能な“事件”。

    「通学中にお腹がギュルギュル……と痛くなって、トイレに間に合わず、粗相してしまったんです。校内着のある学校だったので、汚れた衣類は洗って着替えてしまえば大丈夫だと思ったんですけど、時間が経って乾いてきたら匂ってきたんですよ(笑)」

    「絶対にバレたと思って逃げるように家に帰って、そのまま6年間ひきこもり。でも大人になってから当時のクラスメイトに聞いたら、気づいていなかったらしいです。だからあのときに『俺、漏らしてもうてん。てへっ』とピエロになれていたら、そのまま通っていたかもしれないですね」

    img_02
    ▲母校の六甲中学校へ芸人として凱旋

    ルーティンは味のなくなるガム

    当時は、先に特定の動作をしないと次の行動ができないという、山田さん曰く“ルーティン”が多く、大人になってから、専門家の方に強迫性障害による“儀式行為”ではないかと指摘された。

    「中学に合格したことをルーティンによる成功体験だと思い込んでいたんです。いつも勉強前に周りを整理整頓して、何時から何時までなにをして、というふうに決めて、計画どおりに動いていたから合格できたんじゃないかと思い、同じようにすれば再現できると信じていました」

    ルーティンはやがて20、30と数が増え、いざ勉強机に向かうころには疲れきってしまい、夏休みの間、ほとんど宿題に手をつけられなかったという。それは例の事件の直後のこと。長期休暇は気持ちを切り替える転機とはならず、ますます家に引きこもるようになった。

    「ルーティンが化け物みたいにどんどん肥大化していって、最終的には定規で字を書いていました。母がそれを見て、脅迫状でも書いているんじゃないかと家の中がざわついたことがありましたね(笑)」

    「強迫性障害の全員がそうではないかもしれませんが、僕の場合は、何回も同じことを繰り返していると味がしなくなってくるんです、ガムみたいに(笑)。それで次々にルーティンを増やしていきました」

    登校することを「非在宅」と言ってもいいはず

    img_03

    あらゆる面において、自他ともに認める優等生。周りからも一目置かれ、正直、天狗にもなっていた。そんな彼が家に引きこもるようになる。それはつまり、だれもがひょんなきっかけから同じ状況になりえると示唆しているようだ。

    「当時は『あれ、俺学校行かれなくなってるやん!』と自分が一番驚いたんですけど、だれの人生にもある“すごろく”の1マスだと思っています。今もし同じように引きこもっている人がいたら、特殊なこと、変なことだと思わなくていいです」

    「小中学生に関しては、登校することが前提になっているから『不登校』という言葉が生まれるわけじゃないですか。逆に登校することを『非在宅』といってもいいわけですよね(笑)」

    「言葉遊びにすぎないかもしれないですけど、『みんながみんな登校するのが当たり前』という世界では、真逆の表現をぶつけないと不均衡が解消されないだろうと思うんです」

    「まだまだ万全とはいえないですけど、フリースクールなど、いろんな子が学べる環境も整ってきています。『多様性を認めましょう』と声高にいわれる時代ですが、本当にこの社会は一人ひとりと向き合えていますか?」

    img_04

    子どもが引きこもっているとき親は遊びに行っていい

    とはいえ山田さん自身は学校で勉強したり、友だちを作ったりすることに魅力を感じる、と話す。

    「当時の僕は、大人に褒められることをモチベーションに生きていたんですけど、中学生が大人に褒められる機会というと、テストの点数が良かった、運動ができた、生徒会役員に選ばれた、など、ほとんど学校の中に詰まっているんです」

    「だから、そこから離れてしまったことで満たされなくなり、空っぽになってしまったと感じています。でも今はインターネットが普及して、学校に行かなくても表現したり、発信したりできる場所があるので健全ですよね」
    それより、とその視線は子どもではなく、親へと向く。

    「家の中に不登校やひきこもりの子がいたとして、負い目を感じて沈みこまないでほしいです。ママ友とお茶会したり、テニスに行ったり、推し活したり、それまでどおり楽しんでください。じゃないと家全体の明るさが失われていくじゃないですか」

    「僕にも娘が2人いますが、いざ親になったときに、おいしいものを食べておいしい酒を飲みたい、と変わらず欲があることに気づき、親にも自分の人生があるんだなと実感しました。家族であっても、ある程度お互いに乾いた部分を持つべきですよね」

    休むことは悪じゃない

    img_05
    img_06

    もちろん娘たちのことを突き放しているわけではない。長女は昨年2025年に中学受験し、今春からは山田さんにとって、もしかしたら“ウィークポイント”といえる中学2年生。意識せずとも心配することもある。

    「自分の人生を振り返ってみても、うまくいかなかったことが多いので、あまり僕の運気の影響を受けずに育ってほしいです。本当は成人するまでよその家に預けたいくらい(笑)」

    「特に引きこもっていたころ、先生や同級生がお見舞いに来てくれても『点数稼ぎだ』と思い、だれの言葉も響かなかったタイプなので、もし娘が同じように引きこもるようになっても余計なことは言わないようにしたいです」

    img_07

    山田さん自身は、当時は今ほど不登校に対する認識が広まっていなかったということもあり、中学校を卒業する年齢になると同時に、両親から「働かざる者食うべからず」の考えのもと、家を出るよう勧められたという過去を持つ。

    「強引に社会との接点を作ることで、リスタートを切れる人もいるかもしれない。けれど自分は違った」と当時を振り返ることができるからこそ、そうなったときに娘にかける言葉も決まっているようだ。

    「不登校もひきこもりも、下手な生き方ではあるかもしれないけど、決して悪いことではない、でも面倒くさいよ、とだけ伝えます。あとは具体的に、何歳まではパパのお金で生きられるけど、それ以上は難しいよ、という現実も」

    「そのうえで、本人にやってみたいことがあって、こちらにそれを応援できる余力があれば、しっかり応援したいと思います」

    img_08

    リスタートは“とりあえず”始めてみる

    img_08

    山田さんがリスタートを切ったきっかけは、20歳前後のころにニュースで見た当時の成人式。同世代が新しい環境に挑戦していく年齢になったという事実に焦りを感じたという。

    「それまで『自分は優秀だから、いつでも追いつける』と言い聞かせてごまかしてきたんですけど、やっぱり『成人』『社会人』という言葉の響きが強くて、同世代が射程圏外に行ってしまうと感じました」

    「それで『とりあえず』という感覚を意識するようにしました。完璧主義とはもうさよならして『とりあえず玄関まで行ってみる』、『とりあえず靴につま先だけ入れてみよう』、そういう小さな『とりあえず』を積み重ねて、ひきこもり生活から脱したんです」

    リスタートについて、だれかとの特別な出会いによって導かれた、あるいは高尚な思いを抱いてモチベーション高く挑戦したわけではないから語れない、と照れ笑いを浮かべる山田さん。もちろんそういった運命的なきっかけが存在する世界も素敵だが、実際はそうそう起こりえることではないだろう。

    「あのとき動けてラッキーだったなと思っているくらいなので、えらそうに申し述べることはできないですが、『とりあえず』ちょっとずつ動いてみる、というのはおすすめできるかもしれません」

    「あと『夢なんて持たなくていい』と伝えたいです。自分で自分のハードルを上げて、そのせいで動けなくなるなんて人生のコスパが悪いと思います。もちろん目標を掲げてそれに向かって走れる人は変える必要ありません。でもそうじゃない人も結構いるんです」

    「子どもに対して『将来はなにになりたい?』と聞く人も多いですが、夢を持っているのが当たり前の世の中になってしまうと、持っていない人は『自分は駄目なのかもしれない』と劣等感を抱くこともあると思います。ある意味、自分を“諦めてあげる”ことも大事じゃないですかね」

    人生には無駄な時間があってもいい

    img_09

    山田さんは自身のひきこもり期間を“無駄”だったと話す。しかし6年間という、人生において短くはない時間を、肯定的に捉えたくなるのが人間ではないだろうか。そう尋ねると、けろっとした顔で「なんの意味もなかったと思うほうが楽なときもあります」と返された。

    「人生は元を取ろうとしなくてもいいんですよ。長い行列に並んで入った店の料理がおいしくなかったら『行かなきゃよかった』と思っていいし、自分の人生に空白があったら、それを無駄だと認めることが耐えられないという気持ちもわかりますが、案外『無駄なものは無駄』と思ってもいいのかなと思うんです」

    その思想は先ほどの「夢なんて持たなくていい」という言葉に通じる。無駄なものを排除しようとしているわけではないことは、重ねて語られた「美談の着地しか許されない風潮が良くない」という、むしろ多様な経験を持つすべての人を包む声からもわかる。

    「海底で溺れて一生懸命陸に上がってきたときに、その拳をこじ開けて『なにも持って帰らなかったのか?』と聞かれている気がするんですよ。もちろんなにかを持ってこれる人がいたら、それはすごいことです。でもみんながなにかしらを掴んでくるのが当然で、そうじゃなきゃ意味がないと感じさせる社会は酷じゃないですか」

    img_10

    「仕事についても、ありがたいことにいろいろやらせてもらっていますが、どれも特に向いているとは思っていません。僕としてはそういう人も多いと感じているんですけど、『まだ自分に合った仕事に出合っていないだけだ』なんて言われることもあります。じゃあそれを求めて総当たり戦をしなきゃいけないんですかね?」

    「なんの取り柄がなくても、なんの趣味を持っていなくても、いいんです。もちろん『自分の経験すべてが糧になっている』と思える人を否定するつもりもなく、それはそれでいいし、そうじゃなくてもいいと思うんです」

    少し前までダイバーシティ、インクルージョンといった言葉をよく耳にしたが、正直、一時の流行語のように受け取られてしまった節はいなめず、その言葉の真意がどれだけの人の心に、あるいはどの程度届いたかはわからない。

    「大人たちが子どもに対して『君たちは将来なんにでもなれるよ』と言いすぎです。稀に天才もいますけど、ほとんどの人は『なんにでも』はなれません。『これならなんとかできるかー』とシルクハットを被って飯を食っている人もいるんです(笑)。そういう生き方もあるんだと知ってほしいですね」