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自分の好きなところを信じられる人生を歩んでいきたい

萩野公介

元競泳選手・金メダリスト

2026/07/07

生後6か月で初めてプールに入り、小学生のころには既に競泳界で頭角を現す。そして規格外の強さで数々の日本記録を塗り替えてきた“怪物”は、高校生にして出場したロンドンオリンピックで銅メダル、次のリオオリンピックでは男子400m個人メドレーにおいて日本人初の金メダルを獲得した。

このエピソードだけで、だれのことを語っているかわかるだろう。萩野公介さんである。2021年に現役を引退するまで国民の期待を一身に背負い活躍し続けた彼だが、最後に出場した東京オリンピック前に不調を発表し、休養期間を設けていたことはどのくらい知られているだろうか。

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Profile

1994年生まれ。生後6か月から水泳を始める。小学校低学年から学童新を更新し、中学以降も各年代の新記録を樹立。17歳で初出場となったロンドンオリンピックでは400m個人メドレーで銅メダルを獲得。2016年リオデジャネイロオリンピックでは400m個人メドレーで金メダル、200m個人メドレーで銀メダル、4×200mフリーリレーで銅メダルを獲得した。東京2020オリンピックをもって、現役を引退した。現在は、日本体育大学大学院に通いながら、テレビ、ラジオ、講演会への出演を主な活動としている。

Index

    人に弱みを見せるのが苦手で、自分の気持ちを汲み取ることも放棄

    不調を訴え休養したのは2019年のこと。しかし2015年に自転車事故で右肘を骨折し、ずっと違和感を抱えながら競泳を続けていた。2018年には「自分でネクタイを結べない」とも発言しており、記録も伸び悩み始めていたため、しばらく本調子ではなかったのだろう。

    「小学生のときに100点以外のテストをお道具箱の奥底に隠していたこともあったくらい、昔から人に弱みを見せるのが苦手なんです。そのときは掃除の時間に友だちが机を倒してしまった拍子にテストがぶわーっと出てきて、親にバレて叱られました(笑)」

    「ちょっとしたことも、溜め込んで、溜め込んで、周りが先に『最近あいつおかしくない?』と気づき始めてから、バーン!と爆発するということが多く、だいたい体調を崩すなどストレスが目に見えるかたちで現れます」

    たしかに空白期間こそほとんどなかったものの、振り返ると2011年にも国際大会代表選手選考会の直前に脱水症状を起こし、そのまま救急車で運ばれて出場辞退した経験がある。

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    「溜め込んでいるさなかは、自身の気持ちを汲み取ることをあえて放棄していると思います。本当は『練習に行きたくない』とか『最近レースが楽しいと思えない』とか日々沈むこともあるはずなのに、それを認めてしまったら負けだと思っているところがあるんです」

    「でも限界に達していざ認めてしまえば、それ以上に最悪なことは起きないから『じゃあどうアジャストしていこうか?』とすぐに軸を定めて突き進むことができます」

    実際、脱水症状を起こした際も、その後スランプに陥らなかったわけではないが、翌年には日本水泳選手権において1位でゴールし、しかも日本新記録を樹立した。2015年の事故のあとも、翌年にはリオオリンピックで金メダルを獲得している。

    ▲2020年10月、国際水泳リーグにて400メートル個人メドレーで優勝を飾った。

    嘘でも言いたくなかった「水泳を嫌いになりつつある」

    ▲2020年10月、国際水泳リーグにて400メートル個人メドレーで優勝を飾った。

    2019年に競技生活から離れ、休養すると決めた。「水泳を嫌いになりつつある」と涙ながらに素直な気持ちを明かすと、18歳のころからそばで見守ってきたコーチは「初めて自分の気持ちを口にしてくれてうれしい」と受け入れたそうだ。

    たしかに人に弱みを見せることが苦手な彼が、心の内を吐露できたのは大きな変化といえる。しかし生後6か月のころから共にあった水泳を嫌いになりつつあるというのは、つまりもしかしたら自分自身をも好きになれない時期だったのではないか。

    「僕はアニメが大好きなんですけど、『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年〜)シリーズの“シンクロ率(パイロットとエヴァンゲリオンとの神経回路の同調率)”でいうと、自分という存在と水泳はほぼ100%だと思っていました」

    「でも練習に行きたくないと思い始めて、『自分のことも好きじゃないのか?』と問うてみると、それは違うと感じたんです。水泳とは離れることができるけれど、僕という存在からは離れられないし、水泳と離れたままでも人生は続くんですよね」

    自身と水泳は「イコール」ではなく「ニアリーイコール」だと気づいたと言う。

    「完全に嫌いになったわけではなく『大切なことに変わりはないけど、今の自分には重すぎる』という感覚で、今は大好きなんですけど、それでも当時その言葉を発するにはとても勇気が必要でした」

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    「きっと人間だれしも絶対に言いたくない言葉があると思うんですけど、僕にとってはそれが嘘でも言いたくない言葉だったのに、心の中でそう感じてしまっていることが自分自身ショック……いや、ショックという言葉では片付けられないほど心にのしかかりましたね」

    ただ、彼の場合は自分の弱みを認めてしまえば、その後の道筋を決めるのはとにかく速い。実は2019年3月に休養に入ったが、その2か月後の5月には練習を再開し、6月には復帰を発表している。

    立ち止まってからじっくり自己と向き合う人、立ち止まる必要性を認めた瞬間に答えを見つける人、休息のあり方は人それぞれということだ。

    「たぶん僕にとっては納得、理解することがなにより必要なのかもしれません。漠然と『もしかしたらそうなのかもしれない』と感じていたことを『絶対にそうだ』と確信を持てるようになるまで自分の中で問題を処理しているのかなと思います」

    「自身の不調を認められない時間こそが、認めるためのプロセスというか……。たぶん他人が見たら活動停止したときがポキッと折れた瞬間に見えたと思いますが、僕にとってはそれが再起の一歩目だったんでしょう。あとはやるべきことをやるだけ!という感覚です」

    速く泳ぐことだけが正解ではない

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    当時は「水泳ができなくなって自身の価値が失われた」と感じたこともあったという。そのときに役立ったのが、メンタルトレーナーに教わった考え方。

    「人生をホイールの形で表してください、と言われました。たとえば自分の1日を描くとしたら、24時間すべて水泳で埋まるわけではなく、アニメを見る時間、実家に帰って家族に会う時間、趣味に費やす時間、いろいろあることに気づきました」

    「やっぱりどうしても競技、水泳、練習といった部分にしか目がいかなくなり、辛くなるときがあったんですけど、タイヤは1本でもスポークが欠けていると走れないので、水泳以外の部分が充実すれば、全体の幸福度が増しますよね」

    続けて、「練習するだけで速くなるなら、だれも苦労しません」と語る。

    「もちろん練習しないと速くなれないんですけど、でもそれだけでも速くはならないし、そもそも速く泳ぐことだけが正解ではないということに気づきました」

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    ▲ドイツにて、一人旅を満喫する萩野さん。

    富士山頂へは違うルートから登ることもできる

    休養中もゆっくりしていたわけではない。縁があって初めてドイツへ行くことになった。連れ出してくれた人はいるが、現地では一人旅だ。なおさらストレスがかかってしまいそうだが、話を聞くと大好きなビールを満喫するなど、おおいに楽しんだ様子。

    「ケルンのケルシュというビールがめちゃくちゃおいしかったです。『わんこそば』ならぬ『わんこビール』という感じで、小さいグラスに注がれて、飲み干すとすぐにウェイターさんが次のグラスを置いてくれるんです」

    「世界遺産も好きで『この建造物を見に行くためにはこの駅で降りるから、宿はここにしよう。近くにご飯屋さんあるかな』という感じで行き当たりばったりで行動していました」

    ドイツといえば夕方には仕事を終え、プライベートを大事にする働き方が主流。萩野さんもビアバーで労働世代らしき人々をたくさん見かけたようで、もしかしたらそのプレッシャーを感じさせないムードもいい影響を与えたのかもしれない。

    「静かなところでの瞑想がメンタルケアにつながることもありますが、『アクティブレスト』という言葉もあるように、眠るより走ったほうが気持ちがスッキリする人もいるくらいで、そのときの僕もガヤガヤした雰囲気を楽しめる状態だったので、一人で板橋区で鬱々と過ごすより良かったと思っています(笑)」

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    「一見、休むという行為はアスリートにとって強くなるチャンスを逃しているように感じるかもしれませんが、1週間でも休暇を取ってリフレッシュすると、水泳以外の部分が成長できて、タイムも精神も安定するものです」

    そう断言できるようになったのは、実際に休養期間を経て挑んだ最後の東京オリンピックで無冠ながら「一番幸せな五輪だった」と実感できたからかもしれない。

    「僕の場合は『水泳が好きじゃないかもしれない』というところまで行ってしまったわけですが、目標がブレなかったので結果的にゴールには辿り着けました。富士山頂へのルートも一つじゃないですもんね」

    自分自身の好きなところを信じて復帰

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    東京オリンピックという舞台が明確に決まっていたから、逆算して練習に戻る必要があった。だから休養からわずか3か月で復帰したのだ。

    「正直『完全に回復した』と思えたわけではないんです。とはいえ、もっと休んでいても変わらなかった気もするので、本当になにが正解なのかはわからないんですが、その時々でできる限りのことはできたのかなと思っています」

    「なぜ僕が東京オリンピックにこだわったかというと、自己肯定感が低いながらも自分の『一度決めた目標は絶対に達成する』というところが好きだからです。自分らしさを信じてあげる、そういう人生を歩んでいきたいと思って復帰を決めました」 

    過去のこととはいえ、その声はまっすぐで揺らがない。嫌いになりつつあった水泳と再び向き合う力は、自身の好きな部分が与えてくれたのだ。

    「休養から復帰するというのは、エネルギーがないとできないことだと思います。自分の意志を能動的に尊重することで、内なる力も沸いてくるかな、と。でも本当に大変な時期はそんなふうにできないので、しっかり休んで、そういうことを考えられるようになったら、それがリスタートの瞬間なのかもしれません」

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    「人は幸せになるために生まれてきた」

    現状に満足することなく進み続ける萩野さんは、現役引退後の2022年に日本体育大学大学院に入学してスポーツ人類学を学び、今は講演会やワークショップなども積極的に行っている。

    「偉そうなことを言える立場ではないんですけど、『僕の場合はこうだったよ』という一例を差し出すことで、だれかの背中を押したり、なにかのきっかけになれたりしたらいいなと思っています」

    「僕自身は勝手に一人で閉じこもっていたんですけど、世界は思っていたより優しくて、人に頼ることも、弱みを見せることも悪いことじゃないんだと気づきました。今はそういったつながりを大事にしていきたいです」

    くわえて「もともと人と気楽に話せるタイプだったら性格的にも競技成績的にも苦労しなかったと思うけど、後悔はありません。今の人生は今の人生で、納得して生きています」と語る。

    「人は幸せになるために生まれてきたと思っているんですが、僕という人間に関わったことで、ほかの方の人生のなかで『幸せだな』と思える瞬間が1秒でも長くなればうれしいです」

    常に人のことを考えていると疲れてしまわないか問うと、「たしかに自分が自分に戻ってくる瞬間は、トレーニング中か風呂に入っているときくらいかもしれません(笑)」と返された。それでも安心できる言葉が続く。

    「もう『これ以上はだめ』という自分のラインがわかったので僕は大丈夫です。しんどいことがあったら、まずその元凶から離れましょう。そのうえで『日にち薬』という言葉があるとおり、時間が解決することもあると思うので、休むのが大事だと思います」

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    「もちろん社会のなかにいると、責任もあるし簡単には離れられないことも多いと思います。でも命あっての人生で、それがないとなにも始まらないので、体も心も健康であることが一番です」

    そう言ってすぐに、いたずらっぽい顔をした。

    「あっ、じゃあ心も体も健康になる水泳はいかがでしょうか(笑)?お風呂に入る感覚で休みがてら運動していただいて、みんなで幸せになりましょう!」

    冗談混じりではあるが、たしかに気負うことでできなくなることもある。入浴は多くの方にとって習慣であり、休息もそのくらい身近な選択肢として存在していいだろう。

    そういえば萩野さんの好きな『新世紀エヴァンゲリオン』の名言(作中の登場人物である葛城ミサトの発言)を借りると、「風呂は命の洗濯」だそうだ。